倉庫生活 5th day

今朝は5時に一度目が覚めた。寝たのは0時半である。やはり、眠りの浅さはここに住む上で一つ問題点かも知れない。その後7時にも再度目が覚めて、結局7時半に起床した。今日は早起きである。なぜなら、今日僕は労働することになっているからだ。

昨日、時給1200円交通費なしの日雇い運搬業務に応募して、採用なのか不採用なのかよく分からないまま、僕は朝の大須に向かった。どうやら、日雇いの多くは当日の朝まで採用不採用を曖昧にして、ヤバい気狂いが何かの間違いでやって来たときにノーリスクで帰ってもらえるようにしているらしい。理屈は分かるけれども、当日出勤して初めて自分が採用されているかどうか分かる、というのは労働者にとって不利すぎやしないだろうか。仮にそうだとしても、出勤せざるをえないのだが。

勤務先はとある病院の地下で、僕らに申しつけられた仕事は大量のカルテを別の部屋に運搬することだった。段ボールに入ったカルテを別の段ボールに移し、持ち上げて、運ぶ。これを7時間繰り返すのが今日の仕事だった。業務は2人一組で行われた。
「1人だとやりにくい仕事だから」
と担当者は言ったけれど、本当は違う。一緒に仕事をする人間がいた方が、みんなつられて真面目に作業をするからだ。僕は知っている。

僕はM字ハゲのおじさんとペアになった。一応断っておくと、僕はルッキストなので、M字ハゲのおじさんよりは美少女JKとペアになった方が心地が良い。かといって、その仕事場には悲しいことに美少女JKは1人もいなかったし、ペアの人がM字ハゲだからといって悪い人だと言うことは決してないはずだ。僕は彼と一緒に大量のカルテを段ボールに詰めていく。

休憩時間、正社員のおじさんが声をかけてきた。
「この棚、午前中に終わりそうだね」
「そっすね」
そう返事はしたものの、僕には終わらせる気などない。僕は時給1200円で雇われている日雇いバイトなので、作業に精を出す必要性は特にないからだ。それなのにおじさんは、
「ありがとう!」
と僕に笑いかけて去っていった。ちっとも嬉しくない。僕は7時間働き、8400円頂戴して帰るだけだ。この棚が午前中に終わると好都合なのは病院であり、病院をクライアントとする会社であり、決して僕ではないはずだ。あの人はどういう気持ちで僕に笑いかけたのだろう。

ペアのM字ハゲおじさんは、信じられないほど全力で仕事をこなしていく。手すきになれば仕事を探し、指示には逐一返事をし、真面目に真面目を尽くして仕事に取り組む。その光景が、僕にはとても理解できなかった。大勢で仕事をするのだから、みんなで手を抜き合った方が得なはずだ。どんなに手を抜いても、結局は法定の賃金がもらえるはずなのである。それなのに、M字ハゲのおじさんは全力を尽くしている。他のバイトの人々も全力を尽くしているように見える。経済学が規定する典型的人間像はどこへやら。もし全人類がこうならば、社会主義も成立しえたのではなかろうか。マルクス、教えてくれ……。

永遠に湧いてくる無酸素運動の数々は、僕から徐々に思考力を奪っていく。やがて僕は、無窮動的に単純労働を繰り返す機械と化し、その間脳みそはずっとぼや〜っとしていて、ただ「サーカスナイト」の青葉市子カバーをエンドレスに脳内再生していた。
「ここは楽園じゃない だけど 描ける限りの夢の中……」

棚の書類を別の棚に移す、という本質的に無意味な作業に、僕は7時間をかけて従事していた。先日恋人と食事に行った際には「3000円行かず」などと得意げに言っていたが、その金額を稼ぐために僕は2時間半もこの苦役に従事せねばならない。仕送り代わりに親が送ってくれた1万円は、僕が今日1日この苦役を耐え抜いても稼げない額だ。先月、金持ちの叔父が親族全員に奢ってくれた焼き肉は、1人あたり僕の苦役4、5時間分にも値する。最悪だ。やめてくれ、これ以上は。

僕は作曲家だ。当然作曲の仕事をもらうことがあるが、僕はまだ駆け出しの作曲家なので、時給換算するとコンビニバイトの方がマシという程度の額しか出してもらえないことが多い(それでもギャラを貰えるのは素直にありがたいと思ってはいるが)。それでも、そういった理由で音楽を作っているときに今のような虚無感は抱かない。一体何が違うのだろう。答えは明白だ。この仕事、書類の位置を移動するという本質的に無意味な作業は、僕という人間がやる必要性を全く持っていない。たぶんどこぞの適当な小学生YouTuberとかにでもギリギリできるであろうこの単純作業は、僕のこれまでの人生、積み重ねた知識、経験、教養の全てを侮辱している。いや、別に侮辱しているわけではないのだが、僕にはそれが侮辱のように感じられてしまうのだ。

仕事が終わる。大量のカルテの山が、7時間の途方もない苦役を経てついに消え去る。達成感。えもいわれぬ爽快な気分。どうしようもなく押し寄せる快感。しかし、僕はこの7時間で一体何を達成したというのだろう。賽の河原であれば、石を詰んだ果てには約束された功徳があるかもしれない。しかし、僕に約束されているのはほんの8400円の賃金だけである。それも、往復の電車賃と飯代を抜けば、せいぜい7000円ほどしか残らない。一体何のための達成感なのだろう。僕はこの感情を棄却したい。今だけは、断固として棄却したい。

先日漫画で「惡の華」を読んだせいか、僕の頭の中ではエンドレスで宇宙人の「惡の花」が再生され続けていた。つまり、僕は既にクソムシゴミクズこんにちは状態であった。そんな状態で苦役に従事し、僕の頭はもはや何も考えていはしない。雑である。雑の極みである。箱という箱を投げ、単純作業の順序をたびたび間違え、反省もしない。それでもどういうわけか感じてしまう罪悪感の存在を必死に無視し、とにかく脱力状態で仕事に従事することに専念する。大変な作業は他人に押しつけるように画策し、できるだけ自分の休憩時間を確保する。

そして、ついに仕事が終わる。長い戦いだったが、途中からは脳死状態で時の流れがおかしくなっていたので、案外長くは感じなかった。賃金を受け取るために領収書を書こうとしているとき、先ほど休憩時間にも声をかけてきた正社員のおじさんがまた声をかけてきた。
「ありがとね! お疲れ様」
その坊主の正社員は、日雇いのバイトに過ぎず、終始手を抜くことだけを考えながらのうのうと7時間を過ごしてきた僕に労いの声をかけたのだ。これなのかも知れない。僕が社会で上手くやっていけない原因であり、僕に足りないものであり、社会という聞くだけで胃酸が込み上げてきそうになる忌々しい機械じかけの潤滑油となっているものは、これなのかも知れない、と思った。だとしても、僕にはそれを追い求めようとはとても思えないのだが。

終業後、通行人全員殺してえ~と思いながら大須を歩いた。大須にはいろんな人間がいる。全身真っ黒で髪だけ紫の奴。スケボーに乗って道路を走る金髪ボンバーの奴。意味不明な化粧をして年上の金髪彼氏と腕組んで歩く違法ババアJK。等々。人間離れしようとして尽く失敗している人間共を眺め、僕はやっぱり全員殺してえ~と思いながらリカーオフで酒を買って帰った。

帰宅してからは、もうめちゃくちゃである。いや、別にめちゃくちゃではないのだが、精神的にはもう断続的酒宴、縄文的祭祀である。ごめん、どう考えても言い過ぎだが、とにかく言い過ぎたくなるような状態だったのだ。買ってきた酒を飲み、同居人が作ってくれた夕飯を食べ、テキトーな下ネタを吐きたいだけ吐いて寝る。そういうことだ。

メシ

労働した日はこういう風にしかならない。とにもかくにも資本主義はカスである。いや、資本主義はきわめて論理的かつ緻密なダーウィン的進化の果てに成立した美しい概念であることは間違いない。だが、その渦中で揉まれる我々の身としては、そんな呑気なことをなことを言っていられないのである。名大付近の本山の地域は、いわゆる高級住宅街でありセレブなマダムがたくさん住んでいる。あのワインショップでワインを買うためには、僕の苦役4時間分。あのエステサロンで頬の皺を伸ばしてもらうには、僕の苦役10時間分。あのパティスリーのバウムクーヘンを山田さんちに持って行くには、僕の苦役6時間分…………

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